【雑学】4月12日はパンの日!パンの雑学 - ネットニュース漂流記

スポンサードリンク



【雑学】4月12日はパンの日!パンの雑学

pan.jpg

私は知りませんでしたが、本日4月12日はパンの日だそうです。
これはパン食普及協会が、1983年に制定した記念日ということになっているそうです。

米に次ぐ主食として、老若男女に人気のあるパン。
パンの日ということで、パンに関する雑学を集めてみました。

スポンサードリンク





まずは、どうして4月12日がパンの日と制定されるに至ったのでしょうか?
その理由については、以下の引用になります。

4月12日 パンの日

1840(天保11)年、中国でアヘン戦争が起こりました。徳川幕府では、日本にも外国軍が攻めてくることを恐れ、その備えとして、パン作りを命じました。炊くときの煙で、敵に居場所が分かってしまう米飯に比べて、固いパンは保存性、携帯性がすぐれていると考えられたからです。 その後、1842(天保13)年4月12日、江川太郎左衛門という代官が、「兵糧パン」と呼ばれるパンを日本で初めて本格的に製造しました。パンの日は、この日を記念して作られました。

日本ではじめて、日本産のパンが作られた日が4月12日だったというわけですね。
兵糧パンとは一体どんな味がしたのでしょうか?今の乾パンみたいな感じなのでしょうか?



現代の乾パンも保存性に優れていますよね。
で、やはりと言うか、ネットでこの兵糧パンを再現したという商品も売られています。
固いので、食べるときはスープなどに浸して食べるそうです。

パン祖のパン

次は、我々も良く食べる食パンについての雑学。
関東と関西では、実はスライスの枚数が違う…?という話。

8枚切り食パンはGHQの指令!?  関東と関西の食パンはなぜ違うのか- オールアバウト(2015年4月12日07時45分)

さて、パンの中でも国内消費量が最も多いとされる「食パン」ですが、その枚数に関東と関西で違いがあるのをご存知でしょうか?

関東で最も一般的とされるのは「6枚切り」。これが関西になると「5枚切り」が主流になり、関東では普通に売られている「8枚切り」は関西の店舗ではほとんど見かけません。

関東で「8枚切り」の食パンが売られているのは、戦後の進駐軍の影響がそのまま根付いたからだと言われています。戦後、進駐軍がサンドイッチ用に8枚切りの食パンを作るよう東京のパン製造会社に依頼。それ以降、関東では8枚切りの食パンが引き続き売られ、進駐軍から大きな依頼がなかった関西では薄い食パンが根付かなかったそう。

また、関東で売られている食パンの主流が6枚切りなのに対し、関西では同じメーカーのものでも、より厚みのある5枚切りがデフォルトになっているのは、関西は粉ものの「ふわふわ感」を重視する土地柄だからという説も。

私は新潟に住んでいるので、8枚切りパンというのは
子供の頃から普通に食べていましたが、関西ではあまり馴染みがないものだったんですね。
これははじめて知りました。8枚パンは薄かったので物足りなかった記憶がありますよ。

食パンは、切った場合は枚数を勿論表示しますけど
切る前の食パンは、1斤(きん)と数えますよね。
これは一体どうしてなのでしょうか?

食パン1斤の「斤」って?

「斤」とは中国から入ってきた重さの単位で、日本の尺貫法では1斤=16両=160匁とされ、1匁=3.75グラムと定義されたので、1斤は600グラムとなります。

ところが、明治維新以降、イギリス、アメリカから食パンが輸入され、その食パン一袋の重さが約1ポンド(約450g)だったことから、これを1斤と数えました。それが食パンの数え方として、定着したようです。

そのうち、材料や作る環境、条件によって、大きさも重さもばらつきが出て、いろいろな大きさの食パンが販売されるようになりました。つまり、パン屋が1斤の大きさを決めていたのです。

これではいけないと、製パン業界の公正競争規約では340g以上と定めました。現在では1斤あたり350g〜400gの食パンが多いようです。なかなか曖昧なんですけど、食パンは製品の特性から、どうしても重量にばらつきがでます。そこで最低重量を保証内容重量として保証しているものです。

記事に空気が入ったり、焼いた時にしまったり、どうしても
一定の重量を入れるというのが難しいのがパンなのだとか。
なので、斤というある意味アバウトな単位を採用しているのですね。

日本で人気のパンと言えば、やはり菓子パンや惣菜パンと言われる種類のパン。
大手のパン製造会社が様々なバリエーションのパンを販売しているわけですが
これらのパンは、日本で生み出されたものです。
そして、その代表的なパンというのがおそらくあんこをたっぷり入れたあんぱんになるかと思います。

あんぱん誕生物語

あんパンの歴史は、なんと、120年!!あんぱんは、現在も東京銀座4丁目にある木村屋総本店で生まれました。

明治2年(1869)、東京芝日蔭町(現在の新橋駅前)に、その頃横浜の外国人居留地でパンに出会い、強い関心を持っていた木村安兵衛親子が日本人経営による初のパン屋"文英堂"(のちの木村屋総本店)を開業しました。

開業当時のパンはじゃがいもを蒸したすり身、ビールのホップの煮汁に小麦粉を混ぜて発酵させたもので、黒くてかたく、横浜で食べたものには程遠く、なかなか売れませんでした。

そこで、なんとしても日本独自のパンを作りたいと思い、「日本人はまんじゅうが好き」と言うことから、酒まんじゅうを作る酒種を使うことを思いつきました。

最初は湿度が高過ぎたため、黒こげになって失敗。それからさらに1年以上の研究を重ね、やっとこうじと米で培養する酒種酵母菌を発明。そしてついに、日本古来のまんじゅうからヒントを得て、あんぱんが誕生しました。

もう日は過ぎましたが、去る4月4日はあんぱんの日になっており
これは、明治8年に、時の天皇である明治天皇にあんぱんが献上された日となっています。

明治天皇に献上されて 4月4日はあんぱん記念日 【その日、歴史が動いた】

政治に関することは元より、洋服やざんぎり頭など服飾面や、牛鍋などの肉食文化・日本独自のアレンジや新しく生み出された洋食など、枚挙に暇がありません。
本日はその一つ、今はすっかりお馴染みのあの食べ物のお話です。

明治八年(1875)のあす4月4日は、銀座のパン屋さん木村屋が明治天皇にあんぱんを献上した日です。このため、4月4日は「あんぱんの日」に定められています。

少しパンのことを調べただけで、様々な面白いことが分かりました。
1年365日、毎日何かしらの記念日が制定されているので、今後の話の種に
そういった話をストックしておくと、色々と感心されるかもしれません。





にほんブログ村 ニュースブログへ
↑面白かったら、このバナーをクリックお願いします!
タグキーワード
2015-04-12 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます 
Copyright © ネットニュース漂流記 All Rights Reserved.
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。